地域の掲示板を少し立ち止まって見てみた♪

神大寺を歩いていると、いろいろな場所で「掲示板」を見かけます。
正直に言うと、かんだいじナビを始まる前は、ちゃんと立ち止まって一枚一枚を読んだことは、あまりありませんでした。
通りすがりに視界には入るけれど、足は止めず、そのまま通り過ぎてしまう存在でした。
皆さんはいかがですか?
掲示板には地域の情報が貼られていて、「ふ〜ん、こんなことあるんだぁ」と思うお知らせが貼られています。
先日、なんとなく掲示板の前で足を止めてみました。
するとそこには、思っていた以上に「神大寺の今」が詰まっていました。
掲示板には、いろんな紙が並んでいます。
自治会からのお知らせ。区や市からの案内。子ども向けのイベント情報。高齢者向けの講座や集まりの案内。
きれいに印刷されたものもあれば、少し色あせた紙、手書きの文字が残るものもあります。
よく見ると、「これは最近貼られたんだな」と分かるものもあれば、「しばらく前から、ここにあるな」と感じるものもあって。
それぞれに、貼った人がいて、そのままにしている人がいて、時々、剥がして整理する人がいる。
掲示板は、誰かの手を介して、静かに更新され続けている場所なんだなぁ…
この掲示物を更新している自治会町内会の皆さんの陰ながらの地域を支える活動。
改めて気づかされました。
紙だからこそ、残っている情報

今は、情報を探そうと思えば、スマホでいくらでも調べられる時代です。
地域の情報ってなかなか調べられないですが^^;
それでも、掲示板には「紙」のお知らせが貼られ続けています。
それはきっと、すぐに消えてしまう情報ではなく、「しばらくここにあってほしい情報」だから。
今日見なくても、明日、または来週、誰かの目に入ればいい。
そんな距離感で、そっと置かれているように感じました。
掲示板に並ぶ紙の一枚一枚が、この街のリズムやテンポを、そのまま表しているようにも見えます。
更新されていない紙も、街の一部。

中には、少し前の情報が、そのまま貼られていることもあります。
イベントはもう終わっているけれど、まだ剥がされていない紙。
でもそれを見て、「貼るのも剥がすのも大変だよなぁ」と思うと同時に、「このまちは、急がせないまちなんだな」と感じました。
すべてが即座に更新されなくてもいい。
少し遅れて、少し重なって、それでも日常はちゃんと回っている。
そんな神大寺らしさが、掲示板の風景から伝わってくる気がします。
かんだいじナビも、掲示板に近い存在かもしれない。

掲示板を眺めながら、ふと、かんだいじナビのことを考えました。
派手なニュースは少ないけれど、この街で暮らす人にとって、「あ、そうなんだ」と思ってもらえる情報。
今すぐ役に立たなくても、どこかで思い出してもらえたらいい。
掲示板のように、必要な人に、必要なタイミングで届けばいい。
そんな役割は、地域メディアとして、とても大事なことなのかもしれません。
みなさんの身近な掲示板は、どうですか?
もし、いつも通り過ぎている掲示板があったら、一度、少しだけ立ち止まってみてください。
そこには、この街で誰かが大事にしていること、誰かが続けている活動、誰かの「知ってほしい」という気持ちが、静かに並んでいるはずです。
神大寺の日常は、こんなところにも、ちゃんと息づいています。
そういえば、この前東京の世田谷区の掲示板みてたら、掲示板に面白いタイトルがついてました。

掲示板にキャッチコピーが付いているなんて!
地域にはその地域の特長が現れます。
そういう地域の色を見つけるのも探訪の楽しいポイントですね。
このキャッチコピーを見て『見たい!聞きたい!歌いたい!』が頭に浮かんだ方、
仲間です^^
ではでは。

この記事を書いたひと
帰ってきたよっしー(中の人)
やっぱりこの町が好きなんだなぁ…やっぱり地域の魅力(想い)話を聞きたいし、それを伝えたいなぁ…
自分も投稿しようと筆を取った、帰ってきた中の人。

