「人のそばにいたいと思った」その気持ちからはじまった【太陽の家横濱羽沢 連載第1話】

片倉町入口から三枚町交差点方面に向かった高台に、静かに佇む建物があります。
普段の暮らしの中では、なかなか足を踏み入れる機会のない場所かもしれません。
けれど、そこには確かに、人の暮らしを支えている時間が流れています。
「どんな人たちが、この場所をつくっているんだろう」
そんなふうに思ったことがありました。
今回お話を伺ったのは、太陽の家横濱羽沢の施設長・平塚裕之さん。
穏やかな語り口の奥に、これまでの積み重ねがにじむような方でした。
人の手助けをする仕事がしたい、という原点

「仕事をするなら、人の手助けをする仕事がしたいと思っていました」
とてもシンプルな言葉ですが、その気持ちはずっと変わらずに続いているものだそうです。
大学時代、社会福祉法の講義を受けたことがきっかけで、高齢福祉の分野に興味を持つようになりました。
そこで知ったのが、介護支援専門員(ケアマネージャー)という仕事。
「利用者さんの生活を支えるために、さまざまな人やサービスをつないでいく役割があると知って、すごくやりがいを感じました」
資格取得を目指し、この道に進むことを決めたといいます。
想像以上だった現場のリアル

ただ、実際に現場に入ってみると、思っていた以上に厳しい現実がありました。
介護支援専門員になるには、5年間の現場経験が必要。
その日々は、決して楽なものではなかったそうです。
「毎日が勉強でした。身体的な負担も大きいですし、医療の知識や認知症への対応など、覚えることも多くて…」
目の前の業務に追われながら、自分の知識不足を痛感することも多かったといいます。
「正直、苦労の毎日でしたね」
その言葉には、当時の大変さがそのまま残っているようでした。
経験があるからこそ見えること
それでも、その時間があったからこそ、今の自分があると平塚さんは振り返ります。
「現場での経験は、本当に大事だと思います。今こうして施設長という立場になっても、あの頃の経験がなかったら務まらないと思います」
特に印象的だったのは、「人を支える仕事をしている人を支える視点」の話でした。
「福祉の現場は、人手不足もあって大変なことも多いです。でも、その中で働いている職員の気持ちを理解していないと、管理職としては難しいと思っています」
利用者だけでなく、職員のことも含めて“支える”という考え方。そこに、この仕事に向き合ってきた時間の重みを感じました。
この街で、日常を支えるということ

太陽の家横濱羽沢があるこの地域は、静かで落ち着いた雰囲気のある場所です。
特別な場所というよりも、「暮らしの延長線上にある施設」という印象を受けます。
ここでの日々は、特別な出来事が起こるわけではないかもしれません。
でも、その“当たり前の日常”を支えることこそが、この仕事の本質なのかもしれません。
誰にとっても、関係のある場所
介護施設というと、「自分にはまだ関係ない」と感じる方もいるかもしれません。
でも、家族のことや、自分自身の将来のことを考えたとき、どこかでつながってくる存在でもあります。
平塚さんの話を聞いていると、この場所が「特別な人のための場所」ではなく、「地域の中にあるひとつの選択肢」であるように感じられました。
「人の手助けをしたい」という気持ちから始まり、現場での経験を積み重ねてきた平塚さん。
その歩みは決して派手ではありませんが、だからこそ、じわっと伝わってくるものがあります。
施設という場所も、人も、少しずつ知っていくものなのかもしれません。

次回予告
次回は「この街との出会い」。
太陽の家横濱羽沢が、なぜこの場所で歩みを重ねてきたのか。
もう少しだけ、その背景に触れていきます。
もっと人にフォーカス!ローカル連載
地域の人やお店、活動している人の“想い”や“日常”を、少しずつ深く知ることができるのが連載記事の楽しさです。
このコーナーでは、神大寺・片倉エリアでがんばる人たちやお店のストーリー、地域の取り組み、暮らしのヒントなどを、シリーズ形式でお届けしていきます。
一度読んで終わりではなく、回を重ねるごとに少しずつ見えてくる背景や人柄。
そんな“地域の物語”を、ゆっくり楽しんでいただけたらうれしいです。
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